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浦和レッズが好きなすべての人々へ捧ぐ…
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謹賀新年 本年も当ブログをよろしくお願い致します。

3日遅れの新年。だらけているなぁ、自分。
29日から連日飲み歩いているもんだから、昼夜逆転の生活に慣れてしまった今日この頃。このままではいかんので、飲みに行かない今日こそ、生活サイクルを平常時に戻さなくては!という事で、2012年初更新。

120101KOKURITSU.jpg1日は、いつも通り国立でボケ~と観戦。毎年のことだけど、ゴール裏住人にとって、このアングルからサッカー観戦するのは、年1回の貴重な体験なのである。しかし全く嬉しくない体験であり、来年こそゴール裏からの写真が欲しい。
”部外者”である我々は、大人しくバック最上段でまったり観戦していたら、突如グラグラと揺れ始めた。最上段のために、まあ揺れる揺れる。
震度4で収まったらしく、大事に至らなかったのは幸いだったが、こいつは正月から縁起が・・・まあいいや。

という事で、・・・話題が無いんだよね、レッズは。
いや、無い事は無いんだけど、年末から補強が暗礁に乗り上げているぽい景気の悪い話のオンパレードだった位で、未だ明るい話は無し。せめて仕事始めから、サプライズ発表でもあればと期待しているものの、これでポポだけに終わったとしたら、発狂してしまうかもしれない。それだけ、今季のレッズは確実な補強の必要性”大”なのだ。
お金が無いのはわかっている。だから超大型補強や、大物外国人は無理だろう。だからこそ、失敗の許されないピンポイント補強が絶対に必要なのだ。もしこれが出来なかったとしたら・・・今季は本当に危険なシーズンになる。
ハッキリ言ってしまうと、監督の力だけでは、レッズは絶対にどうにもならない。だから監督に過度の期待は禁物であると言える。これはミシャ云々ではなく、レッズの歴史が物語っている、絶対的な事実なのだから仕方がない。レッズは、やはり補強で生きるチームなのだ。「補強に勝る補強は無し」がレッズなのだ。

色々と言われているが、ポポは確定なのか?阿部は、オファーかけた途端にあっちの監督が使い出したという情報。こりゃ移籍金吊り上げ工作なのか。そして・・・何だか矢野貴章の名前まで。わからん。
とにかく、確実に点の取れるFWと、しっかりと舵取りが出来るボランチ。この2ケ所の補強は急務。それがフロントの狙うところのポポであり、阿部なのだろうけど、・・・果たして。

という事で、年明けのサプライズ発表を期待・・・しましょうか(棒読み)。

では皆さん、改めまして、本年もよろしくお願い申し上げます。
本年が、レッズにとって、巻き返しの年でありますように。

REDS020th.jpgというか、レッズ20周年なんだね。節目の年に、ひとつの成果を残したい・・・
 
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先ず、今季は何故このような事態に陥ったのか。
”このような事態”とは、言うまでもなく残留争いである。
それに至った流れが、確実にあった。それが以下、自分の考えである。

『このままでは来季のレッズがどうなっているか、容易に想像は付く』
これは、自分が昨年12月の某記事に書いた文章である。
2010年シーズン、残留争いに片足を突っ込んだ事実を憂慮し、このまま何も変わらなければ、翌シーズンは更に危険な事態に陥る事を予想して書いた一文である。
異常な速度で有力選手を放出し続けた2年、目に見えて戦力ダウンに陥って行く2010年シーズン。それに比例して低迷した成績。それを熟慮するまでもなく、このままの状態が進行したら、レッズの翌シーズンの悲惨な姿が、容易に思い浮かんで来たのである。
もしかしたら手遅れだったのかもしれないが、それでもここで何としてでも歯止めをかけて、チームの質を変え、チーム力を大幅に向上させて臨まなければ、必ずや悲惨な現実が待っていると。そう危惧したのが2010年シーズンの終盤だった。

フロントも同じ事を思ったはずである。指をくわえたままで成績を向上させなければ、いくら理想を追い求めようとも観客は減少し、優良スポンサーも離れて行く。現に敗戦を続けた2010年シーズンにおいて、レッズの観客数は下落の一途を辿った。これを放置すれば、大きくなり過ぎたクラブを維持出来ず、やがて累積赤字を抱える事になり、何れは破綻してしまうからである。だからこそ、監督を代え、失った戦力を取り戻そうと必死の補強も慣行したはずだった。この動きは、レッズ規模のクラブとしては至極当然であるといえるし、こうなるまでに至る経緯は、運営上じゅうぶんあり得る事なのである。

ここからは、自分が今シーズンのクラブの動向を見た上で弾き出した”憶測”である。

フロントには確固たる思惑があったのだろう。クラブマネジメントに侵入し、監督主導でクラブ運営に荷担し続けるフィンケの存在。その影響力が強くなればなる程、フロントの権力は薄れてしまう。ここに大きな危機感を抱いたのは確かであろう。
勝利の意識が希薄な監督。そして2010年シーズンの低迷は、そんなフロントにとってチームを変える千載一遇の好機だったのかもしれない。成績低迷によりフィンケを退任させ、新たな監督を招聘した上で、かつての黄金期と同じように、フロント主導の運営に戻す。ここが第一の狙いであり、クラブが長年続けてきた運営方針における最大の骨子だったのだろう。フロントにとって、クラブの屋台骨にメスを入れる事は、絶対的にタブーなのである。

だからこそフロントの狙いに打って付けの存在が、欧州で指導者のキャリアをスタートさせていた往年のOB-ゼリコ・ペトロヴィッチだったのだ。監督として経験が浅く、未知数であるという部分こそが、フロント主導を狙う意味で好条件だったのかもしれない。
そして現役引退以後も、自らが選手時代に溺愛したレッズの、その監督に就任する事を夢見て憚らないのがペトロだった。もはやお互いの思惑は完全に一致する。この時点では、どんな理由があれ、相思相愛の関係に違いはなかった。

以下は、事実と自分の考えである。

ここまでフロントが狙った方向修正の動きは、クラブの屋台骨を維持するためには、必要なものであった。
ところが、ここでひとつの間違いを起こす。フロントは、二つ返事の大喜びで飛び込んで来たペトロに、過去2年行って低迷しているサッカースタイルの継続を尚も要請した。それは、レッズにおいて多くのファン・サポーターが強く望んでいたスタイルだったからである。そしてもともとフロント主導下における監督の域にあったペトロにとって、フロントやサポーターが望むスタイルを了承するしか道は無かった。そう、ここまでは、フロントの思惑通りだったのだろう。ここまでは。間違いには、気付いていない。

それに先立つ大きな失敗。それは補強の失敗であった。前年に放出した絶対的な主力数人の存在が、大幅な戦力ダウンを現していた。しかしこの穴埋めが出来ぬまま、それでも補強した選手が、蓋を開けてみれば全くの期待外れに終わってしまったのだから、これは致命的な失敗であったと言わざるを得ない。
フロント主導で経験の浅い監督にチームを動かしてもらうために必要不可欠なもの、それは巨大戦力によるチーム力の維持、若しくは的確なピンポイント補強によるチーム力の向上である。しかし今回行った一大補強は、このどちらの条件も叶っていない。つまりチーム戦力が大幅に向上しなければ、前年以上に苦戦する事は必然であった。
補強の失敗が与える影響は致命的である。これは戦術云々以前の問題で、過去2年と同じく、それでも戦力に伴わないスタイルで戦い続けるチームが今年もあった。後の流れは、周知の通りである。

08年以来薄れ続けて来たレッズの地力と資金力と戦力。その上で更に有力選手を放出し続けた2年。そしてついに疲弊し切ってしまったチーム戦力。ある意味で自滅の道を辿っていた。それを何とか方向修正しようとしたフロント。その考え自体は決して間違ってはいなかった。だからこそ一大補強の賭けに出たものの、確固たる戦力を整え直せないまま、然したる覚悟も無いまま安易にOB監督を招き入れた。この安直な方法が、やがて2重3重の悲劇に繋がって行くのである。

残留争いという恐るべき現実が叩き付けられた時、もはやそこに、アジアを制してクラブワールドカップ3位にまで登り詰めた、かつて世界に向けて走っていたレッズの姿は微塵も無かった。
どこかで方向性を見誤り、舵取りを間違え、現実を直視せず理想だけを追い求め、その間に長年築き上げて来た大切なものを次々に失い、それでも過ちに気付かずに平然と奈落への道を辿っていた数年、やがて崩れて行ったクラブチームの現実の末路、理想郷の成れの果て。ついに貴重な財産の蓄えが無くなった今年、壊れ尽くして地の底で喘ぐ悲惨な姿がそこにあった。

この残留争いを、どう捉えたら良いのだろうか。何も残らなかったシーズンであると言う人も居る。ただ残留するための戦いだったのだから、確かにその意見も間違ってはいない。
しかし自分は、あえて今季こそ、レッズにとって有意義なシーズンであったと位置付けたい。それは、一度は頂点を極めながらも数年に渡り低迷を続けていたレッズが、今度こそ痛いほどの現実を見て、目を覚ましたであろうシーズンであったと思いたいからである。
この現実を身に染みて教訓にすべきである。だから何も残らなかったのではなく、むしろ良き教訓、学習材料が揃ったのだ。それを糧に変えるきっかけを掴んだ貴重なシーズンであったとしたい。そうでなければ、苦しい残留争いに打ち勝ったチームの努力と、耐えに耐えて応援し続けたサポーターの思いが無駄になってしまう。

だからこそもう一度、同じ事を言いたい。それは、『このままでは来季のレッズがどうなっているか、容易に想像は付く』という事である。
本当に方向修正しなければいけない。変わらなければいけない。叩き付けられた現実を直視して、それでも残留して生き残った経験をすぐにでも生かさなければ、今度こそ本当に地の底に落ちるだろう。だからこそ、今度こそ這い上がる、最後のチャンスであるとしたい。

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最後に、苦しい残留争いに耐えたサポーターの皆さん、今季は本当にお疲れ様でした。
様々な考え方が往来するレッズにあって、様々な意見衝突が発生した数年でもありましたが、本当の現実を見た今季にあって、もうそろそろサポーターもその膿を出し切った頃だと自分は思っています。
フロントやチームに蔓延る目に見えない”何か”はまだまだ残っているものの、そろそろサポーターだけは、意識を落ち着かせなければいけない時期に来ていると思います。
スタジアムに通い続ける人は、どんな考えがあれ、試合が始まれば更なる団結を。そしてスタジアムから遠ざかってしまった人、背を向けてしまった人は、もう一度チームを見直す度量を。ここから始めましょう。

という事で、今年は(余程の事が起きない限りは)これが書き納めです。拙いブログですが、大震災もあり、厳しいシーズンの中にあっても閲覧していただいた皆様、ありがとうございました。また来年もよろしくお願い致します。皆さん良い年をお迎えください。そしてレッズにとっても、来年は本当に良い年になりますように。

それでは。

我慢・・・レッズはここ数年で、すっかりこの用語が大流行である。
自分は、レッズにおいてこの言葉があまりに氾濫し過ぎてしまい、この言葉を聞く度に、その言葉に大きな疑問を感じるようになってしまった。
しかし新監督が招聘されようとしているレッズにおいて、再び我慢という言葉が氾濫し始めている現状を考えると、またこのままこの言葉を一人歩きさせては、過去と同じ繰り返しになってしまうのではないか、そんな危機感を覚えるようにもなった。

そもそも我慢とは、何なのだろうか?

社会において、何かを前提に行動する事が、時として正道に捉えられる時がある。ひとつの物事を前提に置き、それを骨子として行動して行くのである。
これを”我慢”に置き換えてみよう。何かを目標に、我慢ありきで人間が行動した場合、様々な苦難が発生しようとも、その我慢を前提として、それに耐えようとする意識が出来上がって行く。

これをレッズを始めとした最近のJリーグに当てはめてみる。例えば新監督が現れると、何年は我慢が必要だとか、3年は我慢が必要だとか、決まったようにそのようなフレーズが発生する。

我慢の年数を挙げるだけならば、簡単である。
しかし、この我慢というものは、何を何処まで我慢するのかという詳細かつ明確な限界を決めないでスタートしてしまうと、それが単に一人歩きしただけになってしまい、果たしてどこをどう我慢するのかが不明瞭のまま終わってしまうのだ。

だからこそ、問うのだ。
では貴方は、何に我慢をするのですか?本当に我慢が出来ますか?、と。

例えば、レッズが去年も今年そうだったように、仮に来年もチームが低迷したとする。そして今年のような著しい危機的事態に陥ろうとした、または陥った場合、果たして貴方はそれでも我慢して、一切の不満を漏らさずに耐える事が出来るだろうか?因みにこれは極論ではない。実際にここ数年でレッズが陥った事実なのである。
例えば3年我慢を唱えたとする。ところが仮にその間、チームが2部降格の危機に陥った、または実際に降格してしまったとしても、そのまま同じ監督を支え続けたまま、不満を発せず漏らさず、我慢し続けられる”覚悟”があるだろうか?

この覚悟を決めないで我慢を使うのならば、我慢は何かを都合良く先延ばしにするための、便利で曖昧で卑怯な言葉という事になってしまうだろう。

これから新監督を招き入れようとしているレッズにとって、我慢という言葉が再燃している現状を鑑みれば、その監督を本気で我慢して支えて行こうとするならば、明確に我慢に対しての覚悟を持たなくてはいけないのではないか。

もちろん我慢は強要ではない。我慢は忍耐を生む一方、時としてそれが足枷となり、自分の考えというものを葬り去ってしまう危険もあるのだから。
だから、我慢の自信が無いならば、または別の考えがあるならば、我慢などしなくて良いと思っている。我慢我慢と言いながら耐えられなくなったり、突如チーム批判を始めてしまうよりは、それならば我慢などせず、始めから自分の偽らざる考えを発して、以後も責任を持って言い放って行けば良いのである。

ただし我慢するのであれば、明確な覚悟を持たなくてはいけないという事だ。逆に言えば、それが我慢というものであり、自分の発した言葉に対する責任だろう。

だからこそ、問うのだ。
では貴方は、何に我慢をするのですか?本当に我慢が出来ますか?、と。

ネタが無いので、暇つぶしに変な話をしてみようと思う。
先ず、監督のタイプについてである。

もう長きに渡りサッカーを観てきた自分にとって、それに比例して、様々な監督像をも観てきた。その中で最近、監督のタイプについて、自分の中では「2種とその他の1」に分ける事に決めたので、ここに報告する。(・・・んな大袈裟なものではないが)

ちなみに前提として、あくまで一般論の域を出ない話に終始したい。
そして角が立つのも嫌なので、記事上では一切の固有名詞を出さない事にする。

先ず、「2種とその他の1」の先の2種、自分の中で、監督タイプは「カリスマ型」と「理論型」に分ける事にした。

カリスマ型はその名の通り、そのカリスマ性で人心を掌握し、名前先行型でチームを動かして行くタイプ。
かつて多大な功績を残したり人気を得たりした選手が指導者になると、その選手時代に得たカリスマ性によって、出だしでの人心掌握が実に楽に済む。選手やファン・サポーターも先ずはそのカリスマ性に付いて行くため、監督として”自分を理解してもらう”仕事が不要になる。
このようなカリスマチックな人物を、例え素人であろうとチームの監督に据え、クラブ自体は監督に巨大戦力を与えて、カリスマ性でチームを動かしてもらう。得てして世の中にはOB監督が多いのも、この理由である。
このやり方は、クラブが大きくなればなるほど常套手段となり、巨大組織の運営方法としてはギャンブル性が低く、フロントが監督をある意味で”傀儡”にして、スムーズにクラブ運営を行うための確実な方法と言える。
カリスマ監督は、もともと人心掌握を主眼とした名前先行型である。ハッキリ言って論理は二の次。故に哲学も緻密な指導も不要。ある程度の巨大戦力と堅固な運営組織に守られていれば、ある程度の結果を残すことが可能である。
カリスマ型はサラリーマンと同じで、組織の上で敷かれたレールによってこそ生きられる指導者なのである。その巨大戦力と運営組織が無ければ、その力は発揮できない。故に組織バランスが崩れた時、カリスマ監督自身の立場も崩れてしまう場合が多い。

理論型は、その名の通り自らの理論を前面に押し出してチームを動かす指導者である。この場合、白黒がハッキリ分かれる結果になる事が多い。何故かと言えば、その理論とチーム編成が合っていれば無類の強さを発揮するが、反対に合っていなかった場合は、当然の如く散々な結果に終始してしまう。
そしてその理論に合う選手、対して当然のように理論に合わない選手が発生する。最終的には監督自らの理論に合った選手ばかりが揃ってしまうため、監督自身はチームを動かし易くなるという利点に繋がるが、中身は偏ったチーム編成と戦術に成りがちである。
しかしどんな結果になろうと、監督自身はその理論が絶対的に正しいと確信してチームを動かしているため、基本的には途中で軌道修正などしない。どんなにチームが窮地に陥ろうとも、自らの道を突き進むだけである。このため、長期政権を任せた場合は、長い年月を経てチームが固い組織として成長する場合もある。
ただし理論型はサッカー自体は組織的なものを目指す場合が多いが、指導面は先ずは自らの理論こそが最優先されなくてはならないため、運営面から考えると実に扱いにくく、非組織的な指導者と言える。
このため理論型は、自らがマネジメント参加が可能な小規模クラブや、成績が向上しないクラブに起爆剤的な目的で招聘される事が多い。反面で様々なタイプの人間を抱える大規模クラブでは、理論が邪魔をして、対立軸になってしまう場合も少なくない。

以上が2種とその他1の「2種」の方である。
で、残った「その他1」とは何か。
それは、スパルタ型である。その名の通り、カリスマも理論も二の次。戦術も二の次。先ずは鍛える事を主眼に、強烈な指導方法でチームを無理にでも動かして行く。それに不満を言う選手も一切無視。壊れてしまう選手も当然発生する。それでも、とにかく何が何でも心身を鍛えるのである。
これにはチームの性質もクラブの規模も及ばない、未知なる指導方法であり、正解が無ければ失敗も恐れない。ただ絶対に得られるもの、それは生き残った選手の根性とスタミナである。これがチームの幹となり、体力が戦術を凌駕するチームが形成される場合がある。

さて、スパルタ型が何故3ではなくその他1の扱いなのかと言うと、このタイプは実に特殊であり、稀であり、文中の通り正解が無いからである。
で、クラブチームが何もかもが上手く行かなくなってしまい、行き着く先に誰もが一度は選んでしまうかもしれないタイプの指導者であるという事。それがスパルタ型である。

で、こうやって長々と書いてきて、結局一体自分が何を言いたいのかと言うと、ぶっちゃけ監督のタイプを分析したりしている訳ではなくて、そんなのは今はどうでも良くて・・・つまりだな、

どんな監督が来て親身になって指導をしてくれても、選手が甘っちょろい事ばかりやっていると、その内に理屈も通用しないような凄く恐い監督が来て、ビシバシスパルタ教育されちゃうぞ!後で後悔しても遅いんだぞ!!
そうなりたくなかったら、いい加減に目を覚まして大人のチームになれ!!!
練習でヘラヘラするな!!!!
死ぬ気で競争しろ!!!!!
いつまで経っても仲良しごっこしてないで、先輩は後輩をしっかり指導し、後輩はもっと先輩を敬え!!!!!!
聞いているか、そこの赤いチームの選手達!!!!!!!わかってんのか!?
あー!!!???

TOT2011.jpg自分自身もこういうものに参加するのは久しぶりではあるんだが、危機感の積もるチーム状態の中で、今回はTalk on Togetherに行ってきた。

オフィシャルやネットラジオで再アップされるものだから、あんまり詳しく書いても意味ないので、端的に書くけど、まあチーム状態がこういう時だから、みんな否定から入るし、だから質問もそういうものだったし、一部でブーイングやら指笛やら、感情的になる人も居たけど、全体的には荒れずに、そして”茶番劇”にならないで、それなりの有意義な時間は作れていたと思う。ただまた今回の会に対してギャーギャー言う人も出てくるだろうけど、始めに断っておくと、サポの質問に対する社長とGMの答えは、形式的なものがほとんどで、特別驚いたり批判したりするレベルではない。これは今年に限った事ではなく、つまり何ら変わりはないという事。そしてGMの言葉にストレートに反応する意味もない。どうしてかというと、去年だって会でフィンケを散々庇いながら、結局フィンケを切ったのも柱谷GMだ。今年だってここではペトロを庇いながらも、最後はどうなるかは・・・ね。繰り返すけど、監督の生の言葉以外、つまり社長とGMの言葉は、あくまで大人の世界の形式的なものである。
ただ、こういう会に良くありがちなグダグダ感は、今回はほとんど無かった。これは、ペトロの回答がストレートなのと、島崎氏の司会進行が上手かったのも原因だろうね。

ペトロは現状を素直に「恥ずかしい」と言った。これは監督の言葉としては聞き捨てならない面があり、つまりこれでは自分のミスを認めるようなもので、揚げ足を取られそうな事が確実な危険な言葉ではあるのだが、しかしペトロは素直にそれを認めて正直に言葉に出した。これは偉いと思った。別にペトロを支持するとか擁護するとかではなく、この言葉は良い悪いに関係なく、重要性がある言葉だった。この言葉を生で聞けただけでも、行って良かったと思った。

まあ低迷のそもそものは、柱谷GMの要求するものに対して、ペトロはペトロなりに必死になって表現はしようとしているんだけど・・・ちょっと柱谷GMの意向ばかりが強くて、ペトロが傀儡になってるかもしれないという印象は受けたな。本当はペトロはもっと柔軟にやりたいんだけど、それを許さない環境があるって事は、柱谷GMの言動で再認識したよ。この時点からして、今季の成績がしっくり行っていない原因だろう。
ただ組織としては、そういう環境の方が成り立っているとは言えるし、今回かなりコミュニケーション面を強調していたけれど、強調しているからこそ、コミュニケーション面に関しては悪くないのだろう。例えそれが、”表面上”のものだとしても。

あと通訳さんの問題は、かなり影響しているのは確認した。
ペトロはあのオープンな性格だから、かなりストレートに、端的に答えていたのだが、たまに長い話になると、・・・通訳が何を訳してるのかわからないような話し方になる。これはちょっと・・・

ペトロの言葉で、出て行った選手云々というくだりがあったが、通訳さんはその話を、その一つ前の何の関係もない話と合間を明けず、無理矢理話を繋げてしまった。いや誤魔化したと言った方が正しいかもしれない。ペトロがその件で「闘莉王」と名前を出したのに、通訳時はその名前すら出なかった。
あれはさすがに会場全体から通訳に対する「・・・何だ?」みたいな雰囲気が・・・
メディアでペトロの言葉に対して疑問が上がっていた原因、今日のあれを見てしまうと、やはり通訳さんの問題があるかもしれない。

あと、次があったら、次回からペトロの「いろはす」だけ2本にしてあげようよ。ペトロだけまあ「いろはす」飲みまくる飲みまくる。最後は大事そうに紙コップの残水をすするペトロ。
GMでも通訳でもいいから、空になったペトロの「いろはす」に気付いて、自分の分けてあげろよ・・・
それと橋本社長、ペトロが熱弁振るってる最中に、手に持ってるペンを両手でクルクル回して遊ぶのはやめましょう。柱谷GMは微動だにしない姿勢だっただけに、社長さん・・・
って、水とかペンとか、どこに注目してんだよ、俺。

試合が無いので、空いた期間で、今まで思っていたレッズオフィシャルの”報道”方法について疑問を呈したいと思う。

レッズのオフィシャルページは、2009年に新たに監督に就任したフィンケのマネジメント意向も強くも加わり、これまでの体裁のみを扱う”情報型”サイトから一新し、クラブ自らが内部情報までを発信する”報道型”に切り替わって今に至っている。
欧州や南米などサッカー先進国ではスタンダードなこれも、現在までこの方式を採用している日本のサッカークラブは極少数で、つまり日本では未だ馴染んではいない特異な方法と言える。

実は自分はレッズのオフィシャルページ構成については、昔から疑問を感じている部分が少なくない。例えば怪我人の全治情報などをオフィシャルで載せるクラブは多数だが、反してレッズがそれに関する”公式”情報を載せるのは稀である。この部分に関しては自分のみならず、過去に多数のサポーターからも指摘されていた部分で、一時は”選手情報の外部流出を避けるため”との噂もあったが、レッズの本当のところの考えは未だわからない。しかし選手が怪我をした時、それを心配して、いち早く正確な安否情報を得たいというサポーター心情から反した、クラブのこの意向には疑問がある。

さて最近、いや前々からそれ以上に大きな疑問を感じているのが、浦和レッズオフィシャルメディアが管理する、監督などとの質疑応答である。
試合が終わり、監督の会見コメントがいち早くオフィシャルページに載る。これはこれで良いだろう。ところが、これとは別に質疑応答というものが存在し、試合の前後に監督へ質問が浴びせられる。そしてそれに対して律儀に答える監督が居る。それが細部までオフィシャルに素早く掲載される。
果たして、これは必要あるのだろうか?話を戻せば、これこそクラブのオフィシャルページが”報道型”になった故というのはわかる。しかし、質疑応答の記事を書くというものは、クラブではなく一般記者の仕事であって、その記者が自分の言葉で見聞きしたものを報道するのが本筋である。それを本来監督を囲うはずのクラブが、逆に監督に対する質疑応答を掲載する事に、果たして何の意味が存在するのかが理解できないのだ。
クラブからすれば、自らが管理しているページ上で、監督の言葉を一字一句正確に載せて、どの報道機関よりもいち早くサポーターに情報を提供することこそ”正しい”と判断しているのだろう。しかし、この質疑応答の掲載は、外部報道の役割を根底から奪う一方、クラブ自らが監督の抱える”機密”さえも世にさらけ出しているのと同じで、安易に戦術面や戦略面を暴露しかねない、大変危険な行為に繋がるという認識は無いのだろうか。

自分はこの質疑応答を”信用”していない。なぜならば、そのほとんどが”体裁”であってほしいと思っているからだ。しかし、もしこれが体裁でなかったとしたら、この質疑応答を掲載する事は上記にも書いたように、外部報道の役割を奪う一方で、監督の戦術面や戦略面をクラブ自ら公式に暴露している、大変危険かつ愚かな行為と言える。
そしてあながち自分の危惧した事が、まんざらではないような事が起きているから恐ろしいのだ。一度載せた監督の言葉を後になって抹消する。無かった事になっている。果ては捏造されているとまで噂が立つ。一時問題視されたこの事件も、外部報道に任せておけば起きなかった現象であり、クラブがオフィシャル報道の本質を履き違えているからこそ起きた、尤もな証拠と言えるだろう。

これに先立ち、欧州の有名クラブのオフィシャルサイトを10チームほど覗いてみたのだが、このような細かい質疑応答を載せているクラブは皆無だった。監督の発言面で言えば、ほとんどが短い体裁コメントか、長文であっても、メルマガのように定期的に監督自らが”体裁”を語るものであった。そう、”体裁”である(これが重要)。あくまでその域を出ないレベルのものであった。

そもそもを言えば、この方式は、外部報道による誤報や捏造を避けるため、クラブ自らが情報発信するという”方向転換”から始まった。ところがそれは、壁を作ったレッズと監督の方策に対して記者連中からの激しい反発を招き、それが一時のマスコミによるレッズ批判に繋がったのだ。
しかしその方式を提唱していた最有力人物は既にクラブを去り、新たな監督のもとで、クラブとマスコミは、かつてのように良好な関係を復活させている。クラブ自らが細部までさらけ出す必要性は、もはや無くなったのだ。そのような状況下で、いまだに過剰な”報道型”を続ける意味が、果たしてあるのだろうか。

サッカー先進国の真似事も良いだろう。そこから学ぶものは大いにあるのだから。しかし、それを履き違えて扱ってしまうと、自らによってクラブの質を落としかねないような事態に繋がる。果てはチームの”戦い”に多大な影を落とす事になるだろう。
そういう警鐘を鳴らす意味で、クラブにオフィシャル報道に関する疑問を書いてみた。
ようこそ!!
試合終了/J1リーグ第8節 浦和2-1清水 得点/4分・凌磨(浦)、59分・サヴィオ(浦)、79分・高木(清) ・・・次の試合/J1リーグ第9節 福岡-浦和(ベスト電器スタジアム=4月6日14:00キックオフ)


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